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明日やろうは馬鹿野郎は本当ですね、今日を精一杯生きるのが正解かな?

Kera

こんにちは、Kera(@keranolog)です。

皆さんは表題の『明日やろうは馬鹿野郎』と言う言葉をご存知ですか?

この言葉の出典は何処に有るのか気になっていましたが、2007年放送のフジテレビの月9の【プロポーズ大作戦】のドラマの中でのセリフみたいですね。

【プロポーズ大作戦・ウィキペディア】

私もリアルタイムで観ていて、とても面白いドラマでした。

この言葉はそのドラマの劇中で、吉田礼(長澤まさみ)の祖父が言った言葉です。

この言葉の元は何なのかを調べてみましたがどうも分からないので、おそらくドラマの中でのオリジナルのセリフであった可能性が高い。

ですがこの言葉は言い得て妙ですね。

今日はこのドラマのセリフについて考えてみたいと思います。

明日やろうは馬鹿野郎。

ドラマの中で、礼の祖父がこの言葉を要所で語っていましたが、この言葉の本質は昔から言われている事で、言葉を変えると【今日を精一杯生きろ】そして【今日出来る事は今日中にやれ】と言う事でしょうか?

時間は全ての人に平等です。

人間は全ての人が同じ時間軸の中で生きています。

全ての人は等しく、どんなにお金持ちでも、その逆でも時間は平等で、全て24時間という限られた時間の中で生きています。

その限られた時間をどう使うのかは個人の自由。

ですが時間の使い方によって、人生が変わると言っても過言ではない。

毎日寝坊をして、無駄に夜更かしをする人も居れば、朝は5時に起きて、時間を有効に使う人との差は短期間で考えればそうでもないですが、長期間で考えたらその差は歴然です。

今日を精一杯生きる。

当たり前ですが今日と言う日は今日しか無い。

今日を精一杯生きれない人に、明日を精一杯生きれる可能性は低い。

明日こそ、二日後には、一週間後には、そして一ヶ月後には…

今日を精一杯生きれない人に明日も明後日も無い。

まさに『明日やろうは馬鹿野郎』という言葉の通りですね。

明日やろうという人には明日は無い。

今日を精一杯生き抜いた人にこそ明日があるのです。

今日を適当に生きた人には明日は無いと言っても過言では無い。

今日をどれだけ頑張り、精一杯生きるかどうかが明日という未来につながるという事です。

明日という日は当たり前では無い。

誰もが明日という日が当たり前に来ると信じています。

例えば末期の癌の人は明日という日が当たり前に来るとは考えていない。

その日が終わり、就寝する時に明日が当たり前に来るとは考えてはいないはず。

ですが殆どの方が明日という未来は当たり前にくると思っている。

例えば今晩寝て、翌日に再び目が覚めるという保証は誰にも出来ないし分からない事です。

もしかしたら寝ている途中に心筋梗塞になるかも知れないし、脳梗塞になるかも知れない。

人の人生なんて誰にも分からないものなのです。

まだ若いからと思っていても30代で脳梗塞になっている人も居ます。

今日出来る事は今日中にやる事を心掛ける。

今日を生きるという事は明日を生きる事。

今日をないがしろにする人には明日というものは無いと思って良いと思います。

今まで書いて来た事をかんがみると、表題の『明日やろうは馬鹿野郎』という言葉が当てはまって来るのかと思います。

【明日やろうは馬鹿野郎】はある種の格言ですね。

こうしたドラマからこういう格言が出るというのは本当に稀になケースで、多分何処かからの引用かと思いますが、それにしても良い言葉だと思います。

こう言った格言めいたものというのは昔から言われている様に、やはり今日出来る事は今日中にやるというのがある種の鉄則なのかと思います。

明日やろうは馬鹿野郎、覚えておいて損はないですね。

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